大好きな愛犬との時間はかけがえのないもの。でもその時間はあっという間に過ぎていってしまいます。
2021年9月、約13年間を共に過ごした愛犬カリブが亡くなりました。
誰もが犬を飼う時は可愛いから始まり、ずっと幸せな日々が続いていくと思っているものです。いつかは必ず訪れる最期については、なんとなく考えている方がほとんどだと思います。私もその一人でした。
今回は、愛犬とのかけがえのない時間をより有意義なものにしたり、暮らしを今一度考えるきっかけにしてもらえれば良いなと思い、カリブが最後に教えてくれたことをお話させていただきます。
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2008年7月22日生まれ、ウエストハイランドホワイトテリアとミニチュアシュナウザーのミックスの男の子。
見た目はほとんどウエスティーなので、お散歩やお出掛け先ではよく「ホワイトテリアですよね?」と言われていました。
うちにはもう一匹の犬と三匹の猫とうさぎが居ますが、マイペースで穏やかな優しい長男坊で、何よりもお散歩が大大大好きな子でした。
超小型犬~大型犬人気犬種ランキングTOP3は?【犬の種類一覧あり】カリブはウエスティーが入っていることもあってか元々皮膚が弱い子でした。7歳の時に背中部分にコブのようなものができていることに気がつき、毎年の健康診断で検査をしてもらうことに。
検査の結果は「良性腫瘍の表皮嚢胞」(皮下に嚢胞という袋ができて、そこに角質や皮脂の塊がたまる良性の腫瘍)とのことだったので、獣医さんからは大きくなったりなどの変化がないように見守るように言われました。
大きくなったりなどの変化はなかったものの、12歳の冬に嚢胞が破裂してしまい、抗生物質などの薬での治療をすることになったのです。
抗生物質での治療の後、症状は良くなったのですが、13歳の誕生日を迎える2か月前に再度腫れ上がってきたため動物病院へ行き、検査。
今回の検査の結果では悪性になってしまっていて、「扁平上皮癌」(扁平上皮細胞が癌化したもので、色素の薄い皮膚に発生することが多いです)という診断でした。
愛犬が癌という病だと聞き、動揺しない飼い主さんはいないでしょう。私もそうでした。ですが、扁平上皮癌は転移する可能性は低く手術をすれば完治すると獣医さんから言われ、すぐに手術の予定を組みました。
術前検査では転移もなく、健康状態もよかったので問題なく手術日を迎え、家族にも協力してもらい無事に手術は終了。
手術を終え、迎えに行った時には頑張ったカリブの背中の傷を見て涙が出ました。迎えにきた私に必死に甘えるカリブを今でも鮮明に思い出します。
2021年6月に手術を終えて2ヵ月後の8月末、お散歩に出る際にカリブが突然後ろ左足をケンケンした状態で痛そうにしていました。見たところ外見には問題なかったのですが、すぐに動物病院へ。
レントゲンを撮ったものの特に異常はなく、原因は不明でしたが抗生物質と痛み止めを処方されました。お薬を続けましたが、痛がっている足はなかなか良くはなりませんでした。
大好きなお散歩も行かせるべきか悩み、ペットカートやスリングを持参して様子を見ながら連れて行ったのですが、カリブは痛めた足をかばって歩いていました。
そのうち肉球が腫れ上がり始めたので、再度動物病院へ。しかし前回と同じく抗生物質と痛み止めの処方でした。一向に状態は良くならず、セカンドオピニオンとして違う動物病院で診てもらうことに。
セカンドオピニオンをした動物病院の獣医さんには今までの経緯を話し、処方箋を渡して、肉球の色々な検査をしてもらいました。いくら検査をしても原因が分からず、カリブの痛みを取ってあげられない日々は本当に苦しい思いでした。
症状の悪化は止まらず、獣医さんから再度精密検査をしたいと言われたので藁にもすがる思いでお願いしたのです。そして、血液検査・レントゲン・肉球の表面を擦り顕微鏡での検査などの結果、ようやく肺指症候群の可能性が非常に高いことが分かりました。
肺指症候群とは?ネットで調べても肺指症候群は猫の情報ばかりで、犬についてはほとんど出てきませんでした。カリブが肺指症候群になってしまった原因は肺にできた癌からの転移の可能性が高いと告げられ、正直ずっと診てもらっていた動物病院に対して不信感を覚えたのです。
6月の手術の時点で本当に転移はなかったのか?
年に2回も健康診断をしていたのにどうして?
そんな気持ちと悔しさでいっぱいでした。
検査の結果では肺に小さな白い影がありました。
肺にある癌は小さく、呼吸にも全く異常がないため肺にある癌は進行が遅く悪さをしないと思うとのこと。しかし、肉球に転移した癌の進行はとても早かったのです。
肺癌の原因が扁平上皮癌からの転移なのかはわかりません。扁平上皮癌の術前検査では転移はないと言われたのですが、本当に転移がなかったのかを改めて動物病院に問い詰めるのは、私の心が持たないと思ったので、原因の追及はしないと決めました。どんな答えにせよカリブの現状を変えてあげることはできません。
動物病院への不信感、悔しさは消えませんが、振り返っても仕方ないと思うようになりました。カリブは食欲もなくなり、肉球の腫れも左前足を除いて悪化していく一方。
治療も獣医さんと相談したものの根治の可能性はほとんどなく、進行を遅らせるための治療しか残されていませんでした。
ひとり暮らしの私は、13年楽しい時も辛い時も寂しい時もどんな時も傍に居てくれたカリブのため、自身が悔いなくカリブとの最期を迎えるためにも何ができるのかを考えるようになりました。
それは決して逃れることのできない別れを現実として受け入れようと覚悟をしていくということでした。
言葉が通じないペットたちには治療のために痛みに耐えるということは理解できません。私はとにかく痛みなく最期を迎えさせてあげる緩和ケアをすることを選びました。傍に居たいという私の気持ちを押し付けるのではなく、たくさんの笑顔と幸せを与えてくれた愛犬カリブへの最大の愛情でした。
お散歩が大好きなカリブをペットカートに乗せて、毎日変わらず連れて行きました。お家では何をあげても食べなかったのにお外では気分が良くなるのか、気分が変わるのか、おやつを少量ですが美味しそうに食べてくれたのです。
とにかく好きなものや食べてくれるものをあげて、お散歩コースも少し遠くてもカリブが好きな場所に連れて行きました。
これほどに愛犬カリブのことを考え悩んだことはないほどに毎日どんな時も考え、今思えばこれも幸せな時間を過ごさせてもらっていたんですよね。
癌が原因で内臓の機能が低下していたので、一週間ほど日中は動物病院に預け点滴をしてもらい夕方にお迎えをすることになりました。
しかし、ひとり暮らしで、仕事もある私はにはとても無理なので家族に協力をしてもらい、私が朝預け夕方に家族が交代交代で迎えに行ってもらうことに。
実家と自宅は少し離れているのですが、みんな予定を調整してくれ、最大限協力をしてくれたのです。正直今までこんなに家族の存在がありがたいものなんだと思ったことはありませんでした。
カリブがいよいよ留守番をさせられる状態ではなくなってきたので、より家族の協力も得るために私は愛犬たちを連れ実家に帰ることにしました。
猫たちの負担を考えると連れていくよりも自宅で留守番して過ごしてもらった方がストレスがないと考え、私は実家と自宅と職場の行き来をするようになりました。
1日置きに一度自宅に帰り猫たちの面倒をみて、日中は仕事へ。夜は実家に帰り寝ずにカリブが安心するよう撫で続けました。自宅と実家と職場の往復、常にカリブが心配で寝れず肉体的にも精神的にもとてもきつかったです。
心配をしてくれ、協力してくれた家族や友人が、本当に最後までカリブに対してやれることをやりきりたいという私を支え続けてくれました。
私は今まで子供が苦手だったのですが、甥っ子たちのカリブに対しての素直な優しさや前向きにカリブを応援してくれる無邪気さに幾度となく救われました。
友人夫婦の協力もあり、カリブを動物病院に連れて行ってくれて緩和ケアのサポートもしてくれて、私は本当に優しさで溢れている人々に囲まれて幸せなんだと、カリブはそんなことも私に教えてくれ与えてくれたのです。
もう一匹の愛犬マリンには我慢させたり、付き合ってもらうことばかりで申し訳ない気持ちもありましたが「いつかは同じように精一杯幸せな最期を迎えさせるから付き合ってね」と声を掛けていました。
私はカリブがいなくなったらどうやって日々を過ごしていくのか?というか過ごしていけるのか?大丈夫なのか?考えただけで涙が止まりませんでした。
ちょうど昨年愛猫を亡くしていたのですが、その子は多頭飼い崩壊から保護された猫でなかなか懐いていない子でした。異変に気付くのが遅く腎不全で尽くすこともほとんどできず亡くなったので、カリブはしっかりと覚悟と尽くさせてくれる時間をもらえたのだと私はそう思うようになりました。
介護をしている日々の中で、もっと傍に居たいと願う反面いつが最期の日になるのかビクビクする日々。そして、その日はきてしまいました。
仕事を終え帰路につこうとした時に姉から「カリブがやばい過呼吸になっている」と連絡があり、私は「待ってて!」と必死に願いました。帰ると去年看取った愛猫と似たような状態になっていたカリブ。
呼吸は深く、意識はあるものの動く力はもうほとんどありませんでした。カリブはお家であまりおトイレをしない子だったので、最後もお外でしたかったのか我慢をしていたようで父が外に連れて行った途端全てを出したそうです。
たまたま姉が洗い流さないシャンプーを買ってきていたので綺麗に拭いてくれていました。私はもうお別れなんだと覚悟をし、
「カリブ、よく頑張ったね。もう頑張らなくていいよ。たくさん楽しかったね。幸せだったよ。綺麗にしてもらってよかったね。みんな傍にいるよ。順番にカリブのところにみんないくから怖くないよ。ずっと愛してるよ」
伝えたい想いをずっと繰り返しました。最期はみんなが寝静まった頃にカリブは私の腕の中で本当に眠るようにその小さな命の終わりを迎えました。
正直後悔が全くないかと問われれば、後悔する場面はたくさんあります。健康のためとご飯管理をしていたけれど、食欲があるうちにもっと好きなものを食べさせてあげたかったし、ひとり暮らしで留守番が多かったことも申し訳ないと思います。
そして、いつまでも答えのない問いを私は自分にし続けると思います。カリブは私の元に来て幸せだったのかと。ですが、少なくとも私はカリブと出会い過ごしていけたことは世界一幸せだったと断言できます。
愛犬との思い出の中はいつも幸せで、たくさんの笑顔を与えてくれました。
いい時も悪い時も傍に居てくれて、最後には生きるということ、死ぬということを身をもって教えてくれました。
そして、愛犬の最期を通して家族や友人の大切さと相手を思いやる気持ちを教えてくれました。
人間はいつも当たり前の幸せに気付かず慣れてしまいます。今、あなたの傍に居るその小さな命は決して当たり前ではなく奇跡なんだと気付いて毎日を大切にし、共に豊かに過ごして欲しいなと心から思います。